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【思い付き】「居る」ということ。

こんにちは。

 

暗いニュースばかりの中、神戸どうぶつ王国で「スナネコ」が国内初飼育という記事に癒された上野です。

 

モフモフと野性味のコントラストが頬を緩ませます。

 

さて。

 

ここ最近の休みの日は「原っぱ大学」にサポートスタッフとして参加しています。

 

「原っぱ大学」をざっくり説明すると、

子どもとその親御さんたちの心奥に眠る「遊ぶ」という欲求を解放する場所を提供している団体です。

 

逗子の山の中にある活動拠点に加え、築100年の古民家を管理して屋内でのアクティビティをしています。

 

参加する子どもたちは、かなり自由にやりたい事をしています。初めて来た子は少し戸惑ったりするぐらいです。

まあすぐに慣れます。

 

そして、そこでの僕の役割はというと、子どもたちが本気で遊ぶための環境作りです。

 

はて?本気で遊ぶ環境て?となりますよね。

 

何をするではなく、ただただそこに「居る」だけ。

 

子どもたちから何かしようと誘われたり、誘う勇気はないけれどモジモジとしていたら声をかける。

またはかけない場合もあったりします。

 

子どもたちからのアクションがある時だけ動き、殆どの時間はただそこに居るだけです。

 

これって意外と難しくて、僕たち大人はする事一つごとに理由が必要になっています。

 

初日の話をすると、

 

ツナギの上から下までドロドロになって穴を掘っている男の子がいました。

 

僕はつい「何で掘っているの?」て聞いてしまいました。

だって泥まみれになって一心不乱に穴を深くしている子なんてみないですよね。

 

すると、その子はじっと俯くだけで何も答えてくれませんでした。

 

その男の子の心中には、ただ掘りたいから掘るだけで何も理由なんてないからです。

 

でも、掘り進めた深さの自慢に耳を傾けたり、ドロドロになった服に興味を持ってあげる、

 

穴からひょこっと顔出した時にアイコンタクトすると満面の笑みを浮かび上がらせてくれます。

 

それってそこに居たからこそ見せてくれることで、

 

理由を付けてやっていたらただの作業になってしまい終わったら、はい次となっていたはずです。

 

僕たち大人は理由を聞いて納得出来ることで、その行動に賛同しますが、

 

実はその理由を考える相手を困らせている可能性もあります。

 

利口な方だと全てに理由を付けて行動出来ると思います。

 

初めからそんな人はいなくて幼少期に培った感覚に左右されている気がします。

 

理由を付けるためにその行動を制限したり、湾曲させてしまい結果やる気を失わせていることもあります。

 

子どもたちの行動から僕たちが学ぶことも大いにある、それを感じとるためにも「居る」という姿勢を持ってみてはどうでしょうか?

ただ居るだけが、全ては子どもたちの将来、僕たちの未来を明るくしていく活動の一つではないかなと一端に考えています。

 

今後も参加する予定なので、また進捗状況シェアします。

 

ついでに原っぱ大学についてはコチラ

https://harappa-daigaku.jp/